大判例

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京都地方裁判所 昭和33年(わ)9号 判決 1958年10月27日

被告人 木村敏孝

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるロンソンライター一個(証第五号)、竹行李一個(証第二十号)、革財布一個(証第二十一号)、映画招待券五枚(証第二十二号)はいずれもこれを被害者鈴木成に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、生後間もなく実母に生別して木村卯之助、同政野夫婦に引取られ、その養子として育てられたが、養父母共とかく外出勝で、そのため屡々親族等に預けられたこともあり、殊に昭和二十一年養父の死亡後、養母において全く家庭を顧みなくなつたため、その後は同居していた叔母の手で養育されたが、その叔母からも事毎に冷遇、虐待されるというように、不遇のうちに成育した者であるところ、昭和二十七年大阪市内の商業高等学校一年を中退した後、自活の途を求めて、大阪、京都、東京等で各種の職業に就いたが、いずれも永続きせず、昭和三十二年十月中頃には失業した上に胃潰瘍を患つたので、京都市東山区渋谷通本町東入る北棟梁町三百六番地の養母の弟中村義男方に身を寄せ、病を養ううち、同年十一月下旬には健康も略旧に復したところ、右中村より出て行つて呉れと言われたので、その後は同家の裏にある岡本某方の土蔵の入口の軒下で起居するようになつたが、漸く金銭に窮するに至つたため、前記中村義男の後妻、高村コマの連れ子である高村泰治等と強盗をしようと謀つたこともあり、その際右中村方横露地奥の同町三百七番地に住む鈴木成方が近所であるところから家族の情況も知つており裕福だからと、同家に押入ることを提案したが、当時は未だこれを実行するに至らなかつた。

ところが、偶々同年十二月六日午前十一時過頃、被告人は同区五条通本町附近で、右鈴木成の妻鈴木京子(当時三十七年)が長男信太郎(当時三年)を連れて買物に出かけるのを認めたので、今なら同家は主人の成が出勤不在中であろうし、同居している同人の妹鈴木のり子(当時十一年)も学校へ行つていて、女中が独りで留守居しているだけだと考え、この機に乗じて同家に忍び入り金品を窃取しよう、又もし女中に発見されたときには同女に暴行を加えてでも同家から金品を強取しよう、と企て、同日午後零時頃、風呂敷で覆面し、前記土蔵の入口附近に置いてあつた手斧一挺(証第十号)を携えて、右鈴木方に赴き、表木戸を排して屋内に入り、炊事場まで到つた際、その気配を察知して奥から出て来た同家の女中江種玲子(当時十七年)に発見され、しかも同女が被告人の異様な姿に驚いて奥へ逃げ込もうとしたので、咄嗟に、所携の手斧で同女を殴打、昏倒させて金品強取の目的を遂げよう、そのため同女が死亡するようなことになるかも知れないが、これも止むを得ないと、決意し、直ちに同女に追いすがり、同家階下四畳半の間で、同女の背後から、その後頭部を前記手斧の背部で殴打し、その場に昏倒させたところ、偶々学校を休んで自宅にいた前記のり子がその物音を聞きつけて二階から降りて来、右情況を目撃して驚き階段を駈け上ろうとしたので、前同様の決意を以て、直ちに同女を追い、階段二、三段駈け上つた同女の背後から、その後頭部を右手斧で殴打して階段下に転落、昏倒させた。そこへ、前記京子が所用を了えて帰宅し、同家前庭を通つて直接、前記中四畳半の間に隣接した奥六畳の間に入つたので、被告人は、右中の間に隠れて暫時同女の様子を窺つていたが、やがて、同女が廊下伝いに中の間の方へ来かかる気配を察知したので、かくなる上は同女をも同様前記手斧で殴打、昏倒させた上所期の目的を遂げる外はない、そのため同女が死亡するようなことになるかも知れないがこれも止むを得ない、と決意し、直ちに右奥六畳の間に到つて同女の前に立ち塞がり、驚いて逃げようとする同女の頭部を前記手斧で殴打したところ、同女がその場で転倒しながらも、被告人のズボンの据を掴み叫び声をあげようとしたので、更に同女の頭部を右手斧で強打し、同女を昏倒させて屋内を物色し始めたところ、前記信太郎が帰つて来た気配を感じたので、台所四畳の間の片隅に隠れてこれを待ち受け、同人が台所から前記中四畳半の間に行こうとするのを、いきなりその背後から突き飛ばし、同人を同室の中央に置いてあつた炬燵櫓に激突させて転倒、昏絶させた。

かくして、被告人は、右京子等四名がいずれも叙上の如く昏倒しているのに乗じ、前記表木戸に施錠し、かつ前記成の勤務先である大映株式会社京都撮影所へ電話して同人が出張中で同日中には帰宅しないことを確めておいた上で、屋内を隅なく物色し、同日午後十一時頃までの間に、同人所有のオメガ製腕時計一個、貴金属類(首飾、イヤリング、指輪、カフスボタン、ネクタイ止、金製バツクル、銀製タバコケース、銀製万年筆)合計約十八点、衣類約十九点、革ベルト二本、ハンカチ三枚、ネツカチーフ一枚、カメラ一台、ライター一個、財布二個、ボストンバツク一個、革手袋一足、眼鏡一個、ネクタイ一本、マフラー一本、靴一足、革製靴すべり一個、竹行李一個、映画招待券並びに優待券約二十枚、ネクタイ引換券一枚、名刺十四枚位、現金約一万二千円を強取した。

そして被告人は、同家より脱出するに先立ち自己の犯跡を隠蔽しておこうと考え、二階の各室から順次自己の指紋を拭き消しながら、翌七日午前零時頃前記階下中四畳半の間に到つた際、偶々室内が暗かつたため、そこに昏倒している筈の玲子の姿を見失つたので、同女が意識を回復して被害を通報するため脱出したものと考えて狼狽し、この上は同家屋に放火して犯跡を隠蔽するの外はない、と決意するとともに、そのためには重傷を負うて昏倒している前記京子、のり子及び信太郎の三名を焼死させるようなことになるかも知れないがこれも止むを得ないと考え、右三名を同家屋内に放置したまま、直ちに、右中の間の押入の襖やその前の畳等に、同家台所から持ち出した食用油を振り掛け、更に附近にあつた新聞紙七、八枚を丸めて右畳の上に置き、前記のように強取したライター(証第五号)で右新聞紙に点火したところ、その炎により前記玲子が元の通り同室内で重傷を負うて昏倒しているのを発見し、このまま放置すれば同女もまた焼死するかも知れないことを知りながら、これも止むなしとし、同女をその場に放置して同家より逃亡し、因つて右点火した新聞紙より順次前記中の間の押入襖、畳、天井等に燃え移らせ、且つ右鈴木方東西両隣へも延焼させ、もつて右鈴木成他四名の現に住居に使用する木造瓦葺二階建居宅一戸約二十九坪を略々全焼させ、又同家西隣の同町三百六番地所在の上田千津の現に住居に使用する木造瓦葺二階建居宅一戸の南側屋根約半坪、同二階四畳間東南寄りの天井板の一部と東隣の同町三百十一番地の六所在の豊田治三郎他三名の現に住居に使用する木造互葺二階建居宅一戸の南側屋根約一坪、同二階奥六畳の間の天井板、同室南側の物干台の一部等を、それぞれ焼燬し、且つ、その火勢により、同日午前零時三十分頃前記鈴木成方家屋内において、右鈴木京子、同のり子、同信太郎及び江種玲子をそれぞれ窒息、焼死させたものである。

(証拠)

判示事実は、

一、被告人の当公判廷での供述及び第二、第三回各公判調書中被告人の供述記載

一、被告人の検察官に対する第二回乃至第五回各供述調書(右の中第二、第三回各供述調書については各添付してある被告人作成の図面を含む)

一、被告人の司法警察職員に対する昭和三十二年十二月二十一日附(二通、なお検甲第百二十七号については、添付してある被告人作成の図面を含む)及び同月二十五日附、同月二十七日附(検甲第百三十三号の分)各供述調書

一、鈴木成の検察官に対する昭和三十二年十二月二十四日附(添付してある見取図、焼失前動産存在情況明細書を含む)、及び昭和三十三年一月九日附各供述調書

一、鈴木成の司法警察職員に対する昭和三十二年十二月十日附、同月十六日附、同月二十日附、昭和三十三年一月五日附各供述調書

一、上田千津の司法警察職員に対する供述調書

一、豊田治三郎の検察官に対する供述調書

一、司法警察職員上山定雄作成の検証調書(添付してある別図、現場写真を含む)

一、司法警察職員鳶野健三作成の実況見分調書(添付してある現場写真を含む)

一、当裁判所の検証調書(添付してある図面、写真を含む)

一、藤井栄一作成の鑑定書

一、医師黒岩武次作成の鈴木京子外三屍解剖鑑定書

一、司法警察職員西村仲郎作成の実況見分調書(添付してある現場見取図、写真を含む)、及び同人作成の捜査報告書

一、鳶野健三、細井義雄、萩原忠次の各検察官に対する供述調書

一、高村コマ(昭和三十二年十二月二十三日付)、森井竹枝(二通)、山本音次郎、榎本嘉夫、沖野浩司、森口国雄の各司法警察職員に対する供述調書

一、片岡美智子、門角寿美子、田中富美子、原重雄、馬場政太郎の各検察官に対する供述調書

一、司法警察職員作成の検甲第二二号、第二五号、第二七号、第二九号、第六八号、第七三号、第七五号、第八六号、第九四号、第一〇一号、第一〇五号、第一〇九号、第一一三号、第一一六号の各領置調書

一、鈴木成及び久我サワ子作成の仮還付請書

一、押収してあるロンソン・ランター一個(証第五号)

一、押収してある手斧一挺(証第十号)

により、これを認める。

なお、被告人は、判示各殺意の点につき極力これを争うから、この点につき更に説明を加えることとするが、まず被告人が判示玲子、のり子及び京子の頭部をそれぞれ判示手斧で殴打した際同人等に対して判示の如き殺意を有していたことは、その兇器が相当な重さを持つ手斧であること、被告人は自らこれを携えて被害者方に赴き、且つ被害者等に出会うや直ちに右手斧を以て立ち向い、逃げようとする被害者等を追うてその頭部を手斧で殴打したこと等に徴し、容易にこれを認めることができるし、又被告人が判示放火に際し判示の如く右三名並びに判示信太郎が焼死するに至るべきことを予見していたことは、同人等がいずれも判示のように重傷を負うて屋内に昏倒していて自ら脱出することが不可能な状況にあり、しかも他よりの救出も容易に期待し得ない状況にあるのに、これを放置したまま、被告人において判示の如き方法により本件家屋に放火し、且つ放火後も直ちに被害者等の救出に力を致さなかつたことに照して、明白である。

(刑事訴訟法第三百三十五条第二項の主張に対する判断)

第一、中止未遂の主張に対する判断

弁護人は、各強盗殺人の点につき、被告人は判示各方法で被害者等を一時昏倒させたまま、これを放置しただけで、その間何時でも簡単にとどめをさすことができる状況にあつたのに、敢えてその行動に出なかつたのであるから、被告人の所為は正に中止未遂に当る、と主張する。しかしながら判示認定の通り、被告人は、判示玲子、のりこ及び京子に対し、いずれも殺意を以てその頭部を斧で殴打して同人等を昏倒させ、且つその後もその殺意を持続していたのであり、又判示信太郎に対しては判示放火に際し初めて殺意を持つに至つたのであるが、いずれも、判示強盗の機会に、自己の放火行為により右四名が焼死するに至るべきことを予見しながら、敢えて判示放火の犯行に出でたものであり、しかもその予見の通り右四名を焼死するに至らせたのであるから、被告人の判示各強盗殺人の所為がいずれも中止未遂に当らないことは明白であり、弁護人の右主張を容れることは出来ない。

第二、心神喪失及び耗弱の主張に対する判断

弁護人は、被告人が本件犯行当時心神喪失又は耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、これを認めるに足る資料はなく、却つて鑑定人岡本重一の鑑定書によれば、被告人は犯行当時心神喪失乃至耗弱の状態でなかつたことが認められるから、弁護人のこの主張も採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、各強盗殺人の点はそれぞれ刑法第二百四十条後段に、放火の点は包括して同法第百八条に、それぞれ該当するが、右各強盗殺人と放火とは、一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段、第十条により、結局最も重いと認める鈴木京子に対する強盗殺人の罪の刑に従い、所定刑中死刑を選択して被告人を死刑に処し、押収してあるロンソンライター一個(証第五号)、竹行季一個(証第二十号)、革財布一個(証第二十一号)、映画招待券五枚(証第二十二号)は、いずれも本件強盗殺人罪の賍物であつて、被害者鈴木成に還付する理由が明白であるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項に従いこれを同人に還付することとし、なお、訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書に則り被告人にこれを負担させないこととして、主文の通り判決する。

(裁判官 河村澄夫 岡田退一 富沢達)

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